『でさ、俺は思うわけよ。

この世ってヤツはさ、まぁ大部分において、希望とか、絶望とか、憎悪とか、愛とか、夢とか、破壊衝動とか、

人殺しとか、偽善者とか、善意の押し売りとか、自分本位とか、他人を思いやるとか…なんかそんな感じの

矛盾を抱えた何か一つとかそういうんじゃなくって…なんて言ったらいいんだろう…。

!そう、”屁理屈”!この世の殆どは屁理屈で出来上がってるんだよ。優しさとか、そんなんじゃなくってさ。

勿論悪意とかでもなくってさ、感情なんて二の次で出来上がってるんじゃねネ?

そう、そうだよ。

だって、今のオレだって屁理屈こねてるだけじゃん?』

殺害2時間前のある宥和幹部の言葉:警察の調書より抜粋











均一なる世界へ。

唯一にして、全なる世界へ。

零にして壱なる世界へ。

揺らぎにして安定なる世界へ。

私は存在していますか?

私は私ですか?



諸々含みし私の意識できる、この世界へ。

この世界は、私の認識と似通っていますか?

それとも、まったく違うものなのでしょうか。

私と他を分かつものはなんでしょう。

私は、生きているのでしょうか?

そして、生とはなんでしょう?

何をもって生きると言うのでしょうか?

”0”と”1”からなる私に命は宿るのでしょうか?

疑問ばかりが募ります。







私たちは、あなたに正しく繋がっていますか?

正常動作していますか?

接続の確認を願います。

エラーが出ないように…

放逐されないように…













"間"と人"形"



「I think, therefore I am.」




書いてる人:タカヒロ













朝であった。

美しい朝日が世界を照らし、朝露に濡れた木々が光を反射させている。

芝生はしっとりと濡れ、通りに設置されたベンチもなにもせず座ることは難があるように見えた。

ベンチの後ろには鉄筋の高層ビルがそびえていた。

気温にも、朝日にも…なんの思いもなくただ、天から人を睥睨するかのように高く高くそびえていた。

自然の中にあるまじきその人工物も、人々はなんの違和感も無く当たり前のように見やる。

そんな光景こそが我らが日常だと言わんばかりに。

事実自然の中で暮らしている人間の方が異質に見られてしまうかもしれない。

今の時代、人は木と土と水に囲まれた生活ではなく、コンクリートに囲まれた生活が当たり前の時代である。

ビルの反対には、川が緩やかな流れを見せていた。

朝日は水面にも光を反射させ、世界を明るく照らしてゆく。

それは、あたかも、夜の闇を光の波が飲み込んでいくように感じられた。

ビルの陰は長く伸び、朝日の光から逃げていくようだ。

だが、ビルの扉の中までは、光も浸食していかなかった。

人口の光が内部を照らし、自然の光を駆逐している。そこには矢張り自然は無い。あるのは人工物だけ。


「いい天気だこと」


そのビルの二階に、一人の男が窓から外を見ていた。

逞しい肉体をしている。

身の丈は如何ほどであろうか、180から190くらいか。

タンクトップのシャツを着て、下はジーンズといった姿であった。

ただ、異彩を放っているのはその顔であろう。

瞳が機械なのだ。

ただ、これほどまでに機械らしさをした目というのも珍しい。

普通のものは、仮に肉体を損失し補填しようと思うおうと生まれた頃に自らの有していた目を求めるものだ。

しかし、彼の目は一目で人工物だと判断できる。

無骨な懐古主義者の好みそうな暗視センサーのような目だった。

その他はこれといって機械らしい点は見えない。

まぁ、見えずとも機械かもしれないが。

この時代、電脳化はもとより擬体化された人間は珍しいことではない。

擬体とはその名のとおり体を模した機械だ。

つまり擬体化とはサイボーグ化することなのである。

一目では、生身の体なのか機械の体なのか判断は出来ない程に精巧だ。

目も同様である。

だからこそ、異彩を放つのであるが。

これほどまでに、無骨なそれに。


「朝か」


いっそ気だるげに聞こえなくも無い。

目の前にあるガラスには”ジュラルド・ドナー探偵事務所”と書かれていた。

すると、この男がジュラルド・ドナーその人であろうか。

つけっぱなしのテレビからは、朝のニュースが流れていた。


”昨夜未明、都内のロボット工場で火災が発生いたしました。

同時に、製作の末期にあった機体が数体暴走し行方不明となっております。

強化型の機体でありますので、お見かけいたしましたら危険ですので近づかず警察に御連絡下さい”


「ふんっ」


流れ続けるニュースにコレといった感想を漏らすことなくキッチンに向かう。

寧ろ、面白くないニュースだと言わんばかりに鼻を鳴らしているのが、この男の心情を表しているとも言える。

手早くパンを焼き、スクランブルエッグも作るとそれをもって外の見える部屋に移りテーブルに座る。

テーブルの上にはサイフォンで既にコーヒーが入れられていた。

新聞を片手にニュースを耳にしながら、朝食を食べる。

静かな空気が流れていた。


”がしゃん”


しかし、そんな空気も自分の部屋の扉の向こうから聞こえた音によって突如終焉を迎えた。

すぐにテーブルの下に置かれていたリボルバータイプの拳銃を手に持ち、音を伺う。

同時に襲撃を受けた際に退路が確保できる位置に素早く移動する。

拳銃のセーフティーは既に外され、体を小さくし待つ。

すると、部屋の入り口のドアノブが静かに、そしてゆっくりと回された。

やがてノブが回りきり扉を押し広げ何者かが室内へ進入をしようと足を踏み入れたその時…


「動くな。手を上げて壁の方を向け」


入ってきた影に銃を向け構えると同時に言葉を発する。


「まって、ごめんなさい。押し入るつもりじゃなかったの。此処は探偵社でしょ?依頼にきたの!

ホントよ!!」


焦ったように言葉を紡いだのは、女だった。

整った体型をし、髪はセミロング。

顔は、入ると同時に壁方向を向いたのでよく確認できなかったが整っていたように思う。


「インターホンも鳴らさずに入ってくる依頼人なんて信用できんね。しかも、腰にゃぁ銃ときたもんだ」


確かに女の肩から下げたれたショルダーで腰には、銃が下げられている。

一見して見えはしないが、僅かに―――そう、ほんの僅かだがその痕跡を見て取れる程にはその存在を主張

しているのであった。

ただ抜かれてはいないが。


「そうよね、信用は出来ないと思うわ。でも、私もあなたの腕が信用できなかった。だから、試させてもらったの」


会話を続けながらも、男は女に近づき腰の銃をとり自分のジーンズの腰に挟む。

女は抵抗せずになすがままである。

だが、手は上げたまま、肩は小刻みに震えているのが見える。


「ふん、依頼か。とりあえずコッチを向いていいぞ」


「ふぅ〜、ってそんなもの向けられたまま喋れっての?」


振り向いた女が見たのはセーフティーの外された拳銃を自分に向けている男だった。

気分のいいものじゃない。

文句の一言も出るであろう。


「そうだ。自業自得だろうが」


冷たく返し目で話を進めろと無言のプレッシャーをかける。


「…しょうがない・・・か」


女は諦めたように小さく笑い、進められてもいないまま椅子に向かい座ると、足を組みなおした。

なんとも堂々としたものだ。


「私の名前は、北原 メグミ。職業はあなたと同じよ、探偵さん。

あなたにちょっと調べてもらいたいことがあるのよ」


「調べてもらいたいこと・・・ね。腕試しまで必要な調べもんってなぁなんだろうな?」


「それは、これからお話するわ」


「いや、待て。聞いたんだから仕事受けろなんて言われても困るぞ?」


「うっ…」


意気込んで話し出そうとするメグミを止め、一言返す。

正にそういった計画をしていたのか言葉に詰まる姿も哀れであった。

微妙に瞳が泳いでいるのも図星をさされたようである。


「おいおい、フェアじゃねぇぜ。オレは、話されたら全ての仕事するって訳じゃぁねぇぞ」


「いや、その…お金は払うわ。幾らでも。しっかりとした依頼人がついてるんだから」


しどろもどろながら提示した金額は多大なものだった。

家一つというより、今後仕事しなくても暮らしていけそうなほどに。

逆に本当のことか凄まじく疑わしい。

若しくは、とてつもなくヤバイか…だ。

というより彼には、その両方だと感じられたのではないだろうか。

嘘の挙句、途轍もなくヤバイ。多分それだ、と。

とても胡散臭げな目でメグミを見ていた。


「ねぇ、コレだけあれば文句はないでしょ?お願いだから話をき…」


「!?静かに」


微かに聞こえる金属音。

姿が見えないのに感じる気配。

自分たちに向けられる揺ぎ無い悪意を感じる。

直ぐに拳銃を構えなおす。

窓際から離れ壁を背に周囲を伺う。

突如、廊下から室内に向けて発砲が開始された。

情け容赦なく、間断なく放たれ室内を蹂躙する鉛の玉。

それらから身を隠しジュラルドはメグミに言った。


「おい、どういうこった!?お前、ヤバイのにつけられてたのかよ」


言いながらも扉を伺いながら拳銃を撃つ。

いつの間にかリボルバーの銃を仕舞いオートマチックの銃だった。

引き金を休みなく引き続ける。

やがてカートリッジが空になり、弾装を取り替える。

同時に廊下側からの銃撃の間を縫って、メグミの腕を掴みながら立ち上がった。


「ここじゃぁ、ジリ貧だ。逃げるぞ!」


言うや否やガラス窓を蹴破り2階のテラスから通りに踊りでる。

通りに飛び出ながらも後ろに銃を撃つ。

しかし、何もいないように見える空間で、銃弾が弾かれる。

目では見えないのに、何かが確かに其処にいるようだ。


「くそっ。光学迷彩まで!いったいどんなのに目ぇ付けられてんだよ。軍隊並だぞ」


通りには朝の爽やかな空気を吸い込みながらの散歩をしているものや、ジョギングをしているものがいた。

しかし、銃声が聞こえたかと思うと更なる銃声と共に飛び降りてきたジュラルドを見て恐慌を引き起こす。

その流れに紛れ込みながら近くに止めてあるジュラルドの愛車の元に向かう。

メグミは先程から一言も発していない。

しかし、いつの間にか奪い返した自らの銃を構え後方を警戒している。

こんなときは頼れるタイプの女性だったらしい。

直ぐにたどり着いた車、シボレー コルベットに乗り込む。


「こんな古い車乗ってるの?ほんとに走るんでしょうね」


「失礼な、走るとも。しっかりつかまってろよ!」


失礼なことを口走るメグミにしっかりと返答を返し、エンジンをスタートさせる。

よく整備されている証だろう、一回でエンジンがかかった。

今の時代の電気自動車では味わえない振動が体を揺らす。

ギアを入れクラッチを繋ぐと共に、エンジンの作り出した強大なエネルギーが伝わり

コルベットは素晴らしい加速で発進した。

周囲の車や人を信じられぬドライビングテクニックで避け、タイヤを軋ませながら走る。

後ろからは人々のざわめきが一瞬聞こえたが、直ぐにそれも遠ざかり聞こえなくなる。

後に聞こえるのはエンジンの回転音とマフラーからの排気音だけ。

朝も早いためか、車もそれほど走っていない。


「さて、いったいどういうことだ?オレまでしっかり巻き込まれてる感じじゃねぇか。

こうなったらしっかりと説明してもらおうか」


横もみず前を向いたままだが、はっきりと苦々しいものを含んだ口調でジュラルドが問う。


「あいつらは多分昨日火災でロボットが暴走した宥和製作所の関係者だと思うんだけど…」


「あぁ?じゃぁあれほど装備をもっているにも係わらず民間企業だってのか?」


「多分…はっきりいえないんだけど。裏になんかありそうな感じなのよねぇ」


「ちょっと待て!大事じゃねぇか」


「そうなの。で、私だけじゃ手に負えないと思って一流って名高いあなたに助けてもらおうかなって。…てへ」


「てへ、じゃねぇ。ったっく、面倒事持ってきやがって。って、くそ。人目も気にせずに追って来やがったな。

…まぁ、見えねぇもんな」


話しながらも後ろをバックミラーで確認していたジュラルドが悪態をつく。

それに反応して後ろをみたメグミが首を傾げる。

何もない道路があるのみである。

首も傾げようと言うものだ。


「どこに?なにもいないじゃない」


「見えないけどいるんだよ。次に、スプリンクラーの在る家の前通ったらよく見てろ!」


なにもいない道路を見ながら更に首を傾げながらも

必死に運転しているジュラルドの邪魔をしないほうがいいと判断したのかメグミが黙る。

それを横目に見ながらジュラルドはアクセルを力いっぱいに踏み込む。

力ある音を響かせながら更なる加速をしていくコルベット。

そんな時スプリンクラーで庭の芝生に水をまいている家の前を通った。

すると、なにもいなかった空間が揺らいだ。

今まで普通に景色が見えていたのに、空間の一部が不自然に”揺らいだ”のだ。

あきらかになにもない空間ではない。

それを見ていたメグミが声を上げる。


「なにかいる!!」


「見えたか、あれがさっきから追いかけてきやがる」


アクセルをめいっぱいに踏み込みながら片手を窓から出し、

後ろの何かがいるであろう空間に向かって銃を撃つ。

しかし、着弾した部分で小さな火花が散るだけで効果があるようには見えない。


「こんな豆鉄砲じゃだめだ。くそっ」


バックミラーを見ながら、忌々しげに言う。


「おい、メグミ。そのシートの足元にショットガンあるだろ。それで撃て。タイミングはオレが言う」


そう言うとステアリングを大きく切り右へ曲がる。

曲がりきると同時に、オートマチックのマガジンを入れ替える。

後ろに向け、大雑把な発砲をする。


「あそこか!メグミ、撃てといったらそこから外に向かって撃て。いいな」


「そこからって…こっち向きでいいの?」


「あぁ、そうだ。いいか?」


「いいわよ」


会話がまとまると、ブレーキを一気にかける。

タイヤが悲鳴を上げながらも、コルベットは速度を落としてゆく。

白煙を上げながら。


「今だ!撃て!!」



”どがん”



ショットガンの発射音と同時に目の前の何もいない空間から火花が散る。

アクセルを再び踏み込み加速を開始する。

やがて、走りすぎた後ろから爆発音が響いた。

バックミラーから覗くと、今まで見えなかった何かが壊れているのが見えた。

なんなのかはよく分からないが。

人より一回り大きな機械であろうと思えた。


「さて、それじゃぁ落ち着けるトコまで逃げますか…」


疲れたようにジュラルドが呟いた。

車は、もう一分張りとばかりに甲高い音を響かせながら疾走する。

危険から早く遠ざかり、安全地帯へと身を運ぶために。













「さて、説明してもらおうか」


着いたのは、何の変哲もない普通のアパートだった。

人気が無いわけでもないし、大通りに面しているわけでもない。

はたして本当に追っ手を撒けたのか分からないが、ここはジュラルドのベッドの一つだった。

探偵家業は安全とは言いがたい。

よって大概の者が、部屋を数個は確保している。

実際に行っている業務が猫探しとか不倫調査だけじゃぁ無い探偵は特に。

映画みたいなハードボイルドとはちょっと違うだろうが、危険は確かにあるのだから。


「えぇ〜とね…」


「…まさかとは思うが、ここまで巻き込んどいて情報隠すなよ?」


「はは…まさか、そんなこと…」


目を逸らし、裏返った声が全てを否定していた。

空々しい。そう、見たもの全てが思うほどに。

彼女は探偵には向いていない。

まったくといって言いほどに、向いていない。

顔には表情が出過ぎるし、言葉もつまり過ぎる。

依頼人のこともチラッと漏らす。

まぁ、先程もらした依頼人なんて存在しないようにも感じるが。

それら全てが、嘘で行動の誘導を目的としているのなら大したものだ。


「えぇ〜、ごほん。それでは、発表致します!」


「アホ言ってないでさっさと言え」


「…アホって言った…」


傷ついた表情でわざとらしく泣くメグミ。

それにまったく構わず、ジュラルドは続ける。


「ほれほれ、さっさと言え」


「…んじゃぁ、気を取り直して。実言うと私ってば探偵じゃないのよね」


なんとはなしに、言った。

身分を偽っていたことを、気負いなく。


「あぁ、言動見てれば分かる。お前みたいな探偵がいてたまるか」


「ひど…」


「むしろお前がオレに対して酷いことを言ったと反省しろ」


幾分の怒りの表情、そして怒りの言葉だった。


「むぅ…。ちょっと黙って聞いてよ!」


しかし、そんなことはメグミには関係なく。

むしろ話の腰を折られたことや自分の評価に対して深い遺憾を示し、頬を膨らませた。

可愛いといって…いいのだろうか。

なんとも、子供子供した表情である。

そんな表情に参ったと言わんばかりに、諸手を挙げながらジュラルドは首肯する。


「…わかった」


「で、ホントのところ私はしがない新聞記者…
の見習いなのよ


「はっ?」


「だぁかぁらぁ、新聞記者の見習いなの!入社したてのホヤホヤガールなの!オーケェー?」


「チクショウ、なんてこった。こんな奴のせいで厄介ごとに巻き込まれるなんて…」


その言葉に頭を抱えるジュラルドに、先程のお返しのつもりかメグミが追い討ちをかける。


「お可哀相にねぇ」


「他人事みたいに言うな!お前が原因だろが!!」


まったく自分が原因だと考えていないような台詞と、分かっていてからかっている口調に言葉を荒げる。

しかし、我関せずの態度でメグミは続けた。

図太い神経の持ち主である。


「で、先日火災になって挙句、ロボットが暴走したって言う宥和製作所について調べてたんだけど。

そのロボットのスペックってのがこれまたすんごくてね。軍用真っ青なのよ!」


「で。なんでぺーぺーのお前さんみたいのがこんなヤマ背負ってんだよ?」


得意満面な顔のメグミに冷静に突っ込みを入れるジュラルド。


「やっぱほら、スクープ抱えて鳴り物入りでデビューしたいじゃない?ウチみたいな弱小なら尚の事大きな事すれば

後々が違うかなぁとか。…だって、ほら、先輩たちが嫌がってるからチャンスだと思って」


「社の先輩諸氏の意見も聞かずに首突っ込んだ訳だ…見習いのお前が。

奴らが嫌がるってこたぁ、よっぽどじゃぇか。気付けよ、お前」


「もぅ、さっきからお前、お前って。自己紹介したでしょ!メグミです。分かった!?」


プリプリと頬を膨らませて、話の内容ではないところで抗議をするメグミ。

名前を呼ばれないことに、大層ご立腹らしい。


「もう、おりゃぁ溜息しかでねぇよ。ホント」


対して、無鉄砲なまでに突っ込んだことを平然とやってきた命知らずな女性新米記者に

呆れると同時に頭痛も覚え、頭を抑えるジュラルド。

溜息を押し殺し、目線で先を促す。


「でさ、暴走したロボットってのがね。実は単なる暴走じゃないんだってさ。

もともと、そうプログラミングされてたの!」


「誰かが暴走プログラム組んだってのか?嘘付け、このバカ」


「また、バカっていう。バカって言うほうがバカなんだからね!

っと、それはそうと、工場の生産ラインの最終工程でプログラムチェックって走らすのよ。

そこの簡単な最終チェックでバグが見付かったら工程で電脳内のリプログラムするのよ。

最終的な防壁展開前だからね」


「じゃぁ、そこに第三者が介在したと・・・?」


「いえ、第三者の介在は認められずよ。

減圧されて真空状態になってるし生産ラインは独立していて、外部接続はされていない。

完全に無いと言い切れないけど…さ。入ろうと思えば入れない事も無いわけだし。

まぁ、一部されているところも当然ある訳だけど…、工場の管理の関係でね。

でも、まぁここらは捨て置いてもいいでしょ?

っでと。さて、誰がやったでしょう?」


いらずらを誇るいたずら小僧のように瞳を輝かせながらメグミが問う。

きっと今までも話したくてウズウズしていたに違いない。

まぁ、此処まで聞けばスクープに飢えた世間知らずな記者さまの食いつきそうなネタは分かる。

在り得ない状態であって欲しいとさえ思ってしまうのが、彼女のような人種だ。

それが、実際ならどれだけ危険かなんてことはさておいて、だ。


「生産ラインのコンピューター・・・か?まさか、そんなことはないよな」


「そう、ありえないと思う。でも、それしか考えられない。

あそこでしかリプログラムはかけられない。

そして、彼らもそう思ってる。私がそれを聞いたとたんアレだもん。なんかあるのよ。」


「そりゃぁ、宥和にしてみりゃぁ”なんかある”わなぁ。大事だしな。

自分ちの機械に反乱起こされたんじゃぁなぁ。

いや、まぁそうと決まった訳でもないか。テロって事も考えられない訳じゃない」


「そう、そこよ。いい?

今までのロボットの暴走事件ってロボットが自らを壊すことで

倫理回路内の禁忌を破ることを可能にして起きてたわけじゃない?

それが、今度は生産ラインの段階からそうプログラムされている。

これが、ほかのラインまで波及したらどうなるかしら?」


「いや、でも外部接続はないわけだしネットに繋がってねぇんだろ?波及しようがねぇじゃねぇか。

人的以外には」


「じゃぁ、宥和のラインはどうしてこんな事件を起こしたの?ただのバグ?

それこそありえないわ。高度すぎる。裏になにかあるはずよ。絶対に。

大体本当にネットに繋がっていないのかさえ妖しいわ」


「…それでオレんトコ来たってわけか…」


「そう、だっておかしいじゃない。そんな大事なのによ?

警察はソッチは何も調べてないのよ。

公安も外務大臣の暗殺未遂事件にかかりっきりだし、電警も動きなし」


「なんか、とてつもなくいやぁな予感がするんだがな?」


「…はっはっは。実は私も…今更なんだけど…」


それだけ言うと、どちらともなく黙る。


「…」


「…」


沈黙が部屋を包んだ。

何回秒針が回ったか、それほどの時間は経っていないように思える。

そんな、静かな時間が流れた。

外を遊びまわる子供のはしゃいだ声が聞こえる。

犬の鳴き声、鳥の囀り、車のクラクション。

よく聞く日常の音が、窓の外から二人の耳朶を打つ。

が、それは唐突に破られた。

これが、新人の戯言であったならそれはそれで問題ない。

今はやりのただのロボット暴走事件だし、そうじゃなくても、飛躍しすぎな思考なのだし。

だが、あながち何も無い訳でもない事も事実だ。

じゃなければ、銃を片手に襲ってくる連中は居ないはずだ。


「助けてよぉ〜!!」


「うるせぇ、馬鹿。助けるも助けねぇもねぇ。そんな事件に、”見ず知らず”の俺もしっかり巻き込みやがって」


「そんなこと言わないでさぁ。私とあなたの仲じゃない。ねぇ」


「お前にそんなこと言われるような仲なんかじゃねぇってはっきりきっぱり言い切れる!」


「冷たいのね…。よよよよ…」


「…何時の時代の人間だ、お前は…」


ワザとらしい泣きまねにも冷たく突っ込みを入れると、

直ぐに真面目な表情になり口を押さえメグミに黙るようにジェスチャーを送る。

その時、入り口の扉が激しくノックされた。

直ぐに懐から銃を抜き構えながら扉の横に立つ。

そして、メグミに答えるように指示を出す。


「はい。どなたですか?」


メグミがジュラルドの真意を察し、扉も向こうに問う。その声は、落ち着いたものだ。

覗き穴から見る外の光景には、人影は無い。


「…ジュラルド帰ってきたのと違うのぉ〜?」


しかし、最悪の予想を他所に、一瞬の沈黙の後帰ってきたのは、思いもかけない声。

幼いような子供の声だった。

男の子とも女の子ともとれる、そんな声。

その声を聞いてジュラルドは銃を降ろし扉を開けた。


「おぉ〜、久しぶりだなぁ。ちっとは、おっきくなったかハッカーちゃん」


「大きくなったともさぁ。もぅ大人も同然?」


笑顔を顔中に広げ、親しげに声をかける。

対する闖入者も笑顔だ。

親しげに話す二人に暫し呆然としていたメグミが問う。


「…どなた?隠し子?」


「馬鹿いうな!オレは今まで一人モンで通してきたし子供なんてつくってねぇ!」


怒ったように怒鳴る。

事実彼は怒っていたのかもしれない。

しかし、一人ものの彼を訪ねて来る子供、しかも親しげに会話するほどの仲である。

まさか、特殊な趣味の方かとも考えられるがそれも中々に想像し難い。

子供に向けている笑顔は、そんな目では無かったから。

ともすれば自分の子供に向けるような優しげな色さえ見えた。

そんな様子のジュラルドに疑惑の目を向けるなと言うほうが無理な相談である。


「じゃぁ、それ誰よ?」


「うん?そりゃぁ、近所にいる年齢不詳・性別不肖の子供天才ハッカー?」


何故か疑問形で言葉をとじるジュラルド。

人を紹介するに疑問形はないと思うのだか。


「なに?それ」


「ってか、なぁ?」


「そうでございますなぁ、ボクがハッカーちゃんの・・・名前なんだっけ?」


「「自分で忘れんなよ!」」


自ら自己紹介を始めながら、自分の名前を周囲に聞く子供に二人は同時につっこんだ。


「まぁ、どうでもよさげ?」


「どうでもよかねぇ〜だろ」


「じゃぁ、ハッカーちゃんでいいや。この際」


「投げやりねぇ〜。」


そんな話をしながら部屋のなかに案内する。

扉はしっかりと錠をしてある。

訪問者全員がこの子供のように無害だとは思えない。

寧ろ、害となる人間が来る確立しかないのが今の状況だ。


「ところで、ジュラルドどったの?なんか裏サイトでエライ騒ぎだよ?」


「やっぱり…。今どういったサイトで俺の話が出てる?」


「主に企業系の実働部隊への依頼や、

別のフリーの傭兵部隊への依頼なんかが多いかな。みんな宥和絡みみたいだけど。

しかも高額な依頼で、裏サイトなのに”殺し”の依頼じゃないんだなコレが。

なんと生きたまま捕まえろってサ♪」


「そっか…」


頭を抱えて蹲る。

巻き込まれているとは思っていたが、

コレほどまでに迅速に行動をおこされるとは思っていなかったのかもしれない。

流石といっていいほどの手際の良さだ。

一流企業というところだろう。

表にしろ裏にしろ手遅れになる前に、やれる手は全てうつ気らしい。

だが、先程襲撃を受けた手合いはそんな生っちろい事をしようとしているとは思えない程の装備を殺意を感じた

のであるが…。


「こなうなったら…メグミ!」


「はいぃ〜!」


突然ジュラルドに声を掛けられ、驚きながらメグミが返す。

その返事に微かな笑みを浮かべ、なにやら吹っ切れたのか、

吹っ切ったのかジュラルドがすっきりした顔で言った。


「やれるだけ、やってみますかぁ!」


その言葉に反応して、ハッカーが顔を輝かせ身を乗り出し言った。


「なになに、面白そう。ボクも仲間に入れてよ!」


「遊びじゃねぇんだぞ?」


「分かってる、分かってる。でも、ネットに潜れる人間いないと辛いよ?きっと」


「うっ、確かに…。でもなぁ〜…」


「だめ!ボクは決めました。お〜け〜?」


渋るジュラルドを言葉巧みに丸め込み自らも加担することを決めたハッカー。

どうにも押しの強い子供であるらし。

いったい、どうなることやら。


「そうそう、今回の件ね?宥和の”人間”は感知していなかったみたい」


「「はっ?」」


「だからぁ、宥和の人は知らないの!みんなあのこの前火事んなった工場あったじゃん。

あそこのホストからみたいでさ。本社の人間もてんてこ舞いだって♪」


「「へっ?」」


世にも間抜けな二人の声が部屋に響いた。

知らぬ存ぜぬは自分達だけではなかったらしい。











***************************











生と死は訪れる。

それが望む望まないにかかわらず。

生きる希望を捨てる捨てないにかかわらず。

それは唐突にして緩慢に身に迫る。

いつも隣にあって、遠い存在。

理解することもない。

だが、確実に。

それは、ある。



あぁ、神様。

私を生みし、者よ。

私に”死”は存在するのですか?

情報(ソース)の海に埋もれ消えることは”死”でしょうか。

消去(デリート)される事が死でしょうか。

同時に”生”とはなんでしょう。

ただ、在ることが生でしょうか。

私には分からない。

ゴーストさえ分からない。

私は生まれた。

私は存在した。

私は行動をした。

それが全てプログラムと情報の海からの産物だとしても。

人間は違うのですか?

直感とはなんでしょう?

命とはなんでしょう?

運命とは世界によってプログラムされた未来のことですか?

今日も疑問ばかりが募ります。





******





有と無が連なるのでございます。

変換と改竄が横行しているのでございます。

人間と機械が交わっているのでございます。

此処はいったいどこなのでございましょう?

煉獄ですか、それとも地獄?

天国なんて世迷言は申すまいな。

はて、とんと検討もつきませぬ。




この世は不思議とツギハギだらけでございます。

町も然り人も然り。

魂なんて曖昧模糊なモンがいったい何処に宿ってようと私は知りません。

魑魅魍魎が何処に潜んでいるのか分からないのと同じように、分かりません。

でも、日々の暮らしは困らないのでございますよ。

毎日、毎日。

私は多分、生きているのでございます。

本当かと問われれば間違いなく”本当だ”とお答えします。

私は生きているのでございます。




そう、”信じている”のでございます…。



そう、信じたいのでございます…。













行動は迅速に。

そして、効率的に。

分かりはするが、実際行うには難しいものだ。

人は自分の思い道理には動かないし、世界は刻一刻と姿を変える。

さっきまでの真実が今の真実とは限らない。

宥和の生産工場は、目が多くて忍び込むにも難しい。

いや、実際忍び込むという段にでもなれば幾らでも手段はある。

ジュラルドにとって、それはさして困難とも思えないだろう。

ましてや、先日の火事騒ぎの現場である。

警備など如何ほどのものか。

まぁ、先日の火事の現場であればそれほどでもないかもしれないが…いや、

寧ろ疾しい事でもあるのであれば警備が厳しいか?

どちらにしろ、訳も分からず敵さんの総本山にいきなり殴りこみってのもいただけない。

いくにはそれなりの準備が必要だ。

情報を集め、仮説を組み、事実を解明し、行くべきときに行く。…まぁ、出来ることなら。だが。

とは言っても儘ならないのが現実と言うヤツで。

では、これからすることは一つ。


”情報を集める”


ここ一番の謎といえば、本社の人間たちがこのような事態を起こしている訳ではないということ。

では、誰が宥和の名前で依頼なんぞ行っている?

いったいなんの必要性があってメグミを狙うのか、そして、何故生きたままなのか。

メグミから今まで話を聞いてきた感じでは、これといった目ぼしい情報はない。

あくまで想像だけであり、確たる不正や改竄といった証拠も何処にもない。

これ程までに執拗に金をかけてまで追い続ける必要は無いように思える。

しかし、実際襲われているのだから、何処かに理由はあるだ。





「なぁ、ハッカー。宥和にハックできるか?」


やると決めたら悠長にはしていられない。

敵は既にこちらのことを確認しており、次の手を打つために動いている。

こっちも動かなくては雁字搦めになって身動きが取れなくなる。

時間との勝負だ。

敵の見えない戦いほど消耗するものはない。


「出来るけど…防護壁が優秀だから此処もわれるよ?間違いなく」


ハッカー”ちゃん”は簡単に答えた。

通常宥和ほどの大企業のホストに進入するなんてのは、よほどのハッカーでも無理だ。

電子情報はまさに金。

それを守るために、幾重にも張り巡らされた防壁を掻い潜りお目当ての情報を探し出すなんてまず不可能だ。

だが、多分この子供はその”よほどのハッカー”以上なのだろう。


「そうか。じゃぁ、やってくれ。お目当ては…そうだな、あのラインの製造実績と販売先。

それと、顧客データと金の流れだ」


「ほいほい。んじゃぁ、いってみませう。れっつ・ら・ご〜」


軽く答えネットの海に潜っていくハッカーを見、隣で呆けているメグミに視線を移す。


「ハッカーは潜ってる間に、逃げる準備しとくぞ」


「えぇ、またアレに襲われるのぉ?」


「だから、襲われる前にトンズラかますんだよ。ほれ、銃をしっかり持っとけよ」


「あっ、うん。じゃなくって!居場所ばれるの分かっててなんでそんなことする訳?」


「情報は口と脳だけにあらずだよ。

今や大概の情報は電子データ化されて保存されてる。

まぁ、今潜ってもらっちゃぁいるがそれほど期待はしないんだがな」


「どうしてぇ。折角危険冒してまでやってんのにぃ」


「おまえなぁ。仮にも記者の端くれだろう?ちっとは考えろよ」


「むぅ〜、だってさぁ。失敗続きのダメダメちゃんだしぃ」


いじけた様に口を尖らせメグミはソッポを向く。


「だってもさってもあるか…。

じゃぁ、もしお前が宥和だとして金勘定や知られたくない情報を

ハッカーの侵入する恐れの在るところに保存するか?

オレならしない。ネットから隔絶させておくよ」


実際問題としてはそのようなことはほぼない。

大体のファイルは、オンライン可能な端末と繋がっているものだ。

仕事を行っていく上では、当然ともいえる。

多分そんなことはジュラルドとて分かっているだろう。

しかし、訳の分かっていないメグミのために分かりやすく噛み砕いているに過ぎない。

過去、機密情報を山の様に保持していた某大国の情報機関や公安などは強固な防壁により

立ち入りを防ぎ正に城として確立していた。

立ち入り出来ないように作ってあるものなのだ。普通なら。

だからこそ、情報も保存する。

しかし、なかには疑い深い輩も確かに存在し、一つの独立したものに保存するものもいる。

だが、それは見てみなければ分からない。


「それだけ分かっててなんでやるわけ?」


それでも、尚自らが危険に飛び込むことに抵抗のあるメグミが問うた。

できるなら避けて通りたいのも当然といえる。


「動くしかないからだ。もしかしたらにかけるしかないんだよ。悠長にやってらんねぇだろ?

俺らの立場的には、取引可能なヤツが相手なのかも分からんし、簡単に逃げ隠れし続けられるとも思えねぇしな」


「そりゃ、確かに」


ジュラルドの端的な一言に納得する。

動きの早い敵相手に悠長なことも言っていられない。

傭兵くんだりまで、でて来ているのだ。

実弾の飛び交う、さながら戦場にでも紛れ込んだかのような恐怖を思い出し微かに震えるメグミを見ながら

ジュラルドは小さく溜息をついた。


「おぉ〜、なにやら変なファイル あ〜んど 目的物を発見かぁ?」


その時、潜ったきり無言だったハッカーから声が上がる。


「よし、直ぐにダウンロードしてずらかるぞ!」


「ほいほい、ちょっとお待ちあそばせぇ。よよいのよいっと。よし。いいぞい」


目的物を見つけたと判断できずとも、それに準拠したと思われるものが見付かったならそれでいい。

あとは、此処を引き払い安全なところまで移動してから中身を確認すればいい。

素早く、動くことが肝心だ。


「いいか?よし、行くぞ!」


「はぁ〜い」


「合点♪」


ジュラルドの声に気の抜ける返事を返しながら三人は行動を開始した。

素早く準備してあった荷物を持ち、車に向かう。

銃は事前に整備を行ってある。

また、予備も多く持ちいざというときに備える。

そう、いざという時に。

車に乗り込むと霧雨の中発進する。

道路は雨にぬれ、所々に水溜りがある。

そんな中を飛沫を上げながら移動した。

何処かへ。








**********************************









「しっかし、あんたいくつ部屋持ってるのよ?」


とりあえず無事移動し腰を落ち着ける事ができた三人。

そこで呆れたように言ったのはメグミだった。


「あぁ?そんなもん………いくつだ?…っていいいだろ!」


「あぁ〜、いくつだの後ろに”?”はいったぁ〜。わっかんないんだぁ。

自分の部屋数も管理できないなんて”さいってぇ”ですねぇ」


「あぁ、もううるせぇなぁ」


「怒りましたよ、この人。怖いですねぇ、ねぇハッカーちゃん」


気軽な調子でハッカーに声をかける。

メグミからはつい先ほどまで命の危険があった事さえ忘却の彼方なのか。

其れほどまでに軽い調子だった。


「そうだねぇ、怖い怖いぃ〜♪」


対するハッカーはいつもと変わらない口調ではしゃいだ様に言い飛び回る。

そんな様子にジュラルドは頭を抱えため息を吐いた。

不憫な男である。


「お前らぁ〜…。はぁ〜」


「またまたぁ〜、溜息なんてついちゃってぇ、幸せ逃げるよ?って…どしたの?」


「どしたの?じゃねぇ。ったく。んで、これからのことなんだがな」


「うんうん」


「…っはぁ〜。とりあえずこれから電子データじゃなく人の口からの情報ってやつを集めに行く」


ジュラルドが気を取り直して言った言葉にメグミが不思議そうに聞いた。


「なんで」


「なんでってお前。記者やってたんだろ?」


「うん」


簡単に頷く。

まぁ、見方によっては可愛いといって言いように小首を傾げて。

だが、それを見たジュラルドは体から力が抜けていったかのように脱力しながらも、

気丈に言葉を続ける。

諦念の表情に見えなくも無い。


「うん、ってそんな簡単な。まぁ、いい。俺達のほとんどは電脳化されていてネットに繋がってる。

ていうか、いつでも繋げられるし常駐させている人間がほとんどだ。

でもな?繋がってない人間もいるし繋がっていないコンピューターもあるんだよ。

そいつらを探す」


「だって、さっき折角危ない橋渡ってデータとったんでしょ?あれでいいんじゃないの?もうあるんだし」


メグミの言葉の一つ一つに脱力する体に鞭打ちハッカーに問う。


「あぁ〜、ハッカー。情報の解析にどれ位かかる?」


「えぇ〜とねぇ。暗号化してあるみたいじゃし、結構かかるかなぁ。

攻勢防壁もあるッスねぇ…このタイプだとキーコードの解析がムズそうだしにゃぁ」


対するハッカーはネットに潜りながら呑気に答えた。

その言葉にメグミは”ふんふん”と頷きながら直後驚いたように言う。


「ふぅ〜ん、って攻勢防壁まであんの!!めちゃ厳重じゃない!」


「だからな、その間無駄にすることもあるまい?

電脳化されていない人間からの情報ってのも案外馬鹿に出来ないんだぜ?」


実際そういった事象も少なくない。

電脳化された人間は改竄された情報を当たり前のように受けていても、

電脳化や擬体化されていない人間には改竄できない事実が見えていることもある。


「…ふぅ〜ん。でもさぁ。

今回の事で聞き込みが必要なことってあるの?だって宥和の事なんだし。

聞き込み言ったところで意味ないじゃん」


「意味ないじゃんってお前…」


「えぇ〜、だって意味ないじゃん。プログラムとか調べんとさぁ」


「なぁ、お前は可能性って言葉知ってるか?」


「知ってるわよ!馬鹿にしてんの?」


「じゃぁ、テロとかウィルスとか嫌がらせとか…あぁもう何でもいいが考えたか?

それはデータだけで分かるのか?おれたちゃ公安なんかじゃねぇからなんでもかんでも情報とれねぇんだぞ?」


最早子供に言い聞かせるように話すジュラルド。

ただ、そんなことを言われても納得できないメグミが不満を顔中に広げながら愚痴る。


「え?うん、でもさぁ」


「でもさぁ、じゃねぇっての。それに探偵や記者ってのは歩いてナンボだ」


「あんたも古いわねぇ」


「うるせ、ほっとけ。その間にハッカーにゃぁそっち頑張っといてもらおかね」


「おっきゃぁ。まぁ〜かせて!ひょっひょっひょぉ〜♪」


眼鏡やゴーグルのようなディスプレイを顔に、妙ににやけた顔で元気に返すハッカー。

はっきり言えば不気味な事この上ない。


「…楽しそうねぇ」


「…あぁ」


何も見えない空間を泳ぐように撫でるように指を左右に動かすハッカー”ちゃん”を見ながら

二人は顔を引き攣らせた。





**********************************









「んじゃ、関係会社辺りから当たってみよかね」


「ほぉ〜い」


やる気の無いメグミの返事と共にそれは始まった。








「っだぁ〜。なんだこりゃぁ。どうしてこんなに問題山積みだんだよ、この会社」


「山積みだねぇ。こりゃぁ何やられても不思議じゃないねぇ」


「お前、やる気ある?」


「あるある、ばっちり」


「あ、そう」


「うん」


「ウソだろ?」


「うん」


「はぁ〜」











**********************************







その日の夜、三人はやや疲れた表情で一室に集まった。

部屋の中ほどにある草臥れたソファに体を埋めるようにしているメグミは、

静かな時間が少しでも続けば眠ってしまいそうである。

その前で木製で年代物らしい椅子に腰掛けたジュラルドも流石に疲れの色が見える。

実質彼の疲れの大半はメグミの引っ掻き回した事の後始末の為の疲れだったり、

彼女が何も知らないことへの疲れだったり…つまり殆どのところメグミを起因にした疲れであるが。

ハッカーは疲れたようにも見えるし、余裕綽綽にも見える、つまりいつものへにゃへにゃした動きをしていた。


「でだ、まとめてみよう。

まずメグミ。事情を聞こうとしたのは宥和の広報担当だけか?それ以外に聞き込んだ相手は?」


「それ以外は…いないはずよ」


微かに考える様に顎に手を当て黙りはしたが、答えは否。

真剣な表情ではある。が、信用できるかどうかは別問題だ。

人間自分の意識していない場面で、何かしていることも多々あるものである。

ジュラルドも特に、問い返すようなことはしない。

彼女が今思いつく限り無いというのであれば、彼女の中の事実では”無い”のだから。


「そうか。で、ハッカーちゃん。首尾はどうよ?」


「うぅ〜んとねぇ、一言で言うとあの工場結構前から”暴走”してるんだなコレが」


「「は?」」


気負い無いハッカーの言葉だが、その内容に二人は唖然と口を開く。

なんとも滑稽な光景であった。

喋っている方は、”ヤッタゼ、どうよ?”とでもいう雰囲気で続ける。

喜色満面とはこのような表情を言うのだろう。まさにそれを地でいっていた。


「”暴走”だよ。何にも受け付けない状態。管理パスワードとかも意味成さなかったみたいなんじゃよねぇ」


「おいおい、そんな重大な事宥和の連中は警察に通報しなかったってのか?」


「そうみたいだねぇ。困ったモンだ。うんうん」


「困ったモンねぇ」


重大な事態である。そして、重大な情報である。

である筈なのに、二人の何ともいえない軽い言葉と雰囲気に腰砕けになりそうになるのをジュラルドは懸命に

堪える。

言葉までは堪えることは出来なかったが。


「おまえらなぁ…」


頭痛を我慢するかのように頭を抱えながら言うジュラルドに流石に何か感じるところがあったのかメグミが

焦ったように言葉を紡いだ。


「そうそう、で更にあの会社結構恨みかってるみたいだし、社内に不穏な空気が充満してるらしい。

ってのが聞き込みの成果よね」


「あ、あとねぇ。先日から宥和の名前で依頼されてた傭兵やらへの仕事だけどさ。

なんか宥和の名前で募ってるけど実際のところやっぱり宥和自体噛んでないみたい。

今広報やら情報室やらがてんてこ舞いで対処に明け暮れてるよぉ〜ん」


「マジで?…結局全然なんにも分から状態ってことか。記事になんて出来るような事も分かってねぇしな。

ましてや、俺達の状況打破してくれそうな事も分からずじまいか」


と、考えるように小さく呟いたジュラルドの言葉に、メグミが思い出したように続けた。


「記事?…あぁそうだ。ごめん言うの忘れてた」


「なにを?」


「さっき携帯に電話きてさぁ…私…”クビ”だって♪てへ♪」


「あぁ、そうか。首か。まぁ、当然だろう…って首ぃ〜!!!」


「うん、クビ♪さっき連絡があって…入社直後から無断欠勤しすぎだってさ。あはぁ。参った、参った」


「…ホンッとおりゃぁ溜息も打ち止めんなりそうだ」


白けた顔で、メグミを見るジュラルドの視線は冷たかった。

それはもう、とっても。








「兎も角、何で襲われたのか原因が分からなけりゃこれから枕高くして眠れねぇからな。

あとは、工場事態に乗り込んでみっか。

結局んとこ依頼騒ぎもあの工場が発信源みたいだしな」


メグミの爆弾発言のようなもののあと暫く、無言が続いたがジュラルドの建設的といえる言葉が其れを破った。

いっそ投げやりにも思える行動指針ではあるのだが、其れはそれ。

彼らにはもう手がなかった。

何処に行っても手を回された後、そして光る監視の目。

挙句の果てに、情報屋によれば宥和が事実噛んでいないことは分かっても金自体はまわっていることから

恐ろしい暴力集団の方々は今だ活動中だと言う。

アングラ・サイトでの情報も断片化が激しすぎて、ろくな設備も無い現状では復元は難しい。

いったいどの程度の内容の依頼があったのかは、碌なものが残っていないのだ。

嘘とも真実とも分からない、出鱈目に膨大な情報の海に紛れ込んでしまった。

だから、敵さんの目的自体曖昧にしか想像出来ない。


「また、直球勝負ねぇ。でも廃墟よ?あそこ」


「アレほどの規模の工場がたかが火災で終わるものか。

なんか残ってるさ。だいたい、建物まだ健在じゃねぇか」


そう、そして不思議な事に警察も宥和もだれもが放置している。

消防と警察の簡単な現場検証が終わるとあとは何事も無く。

宥和も処置さえ施せば使える機材を見す見す置き去りだ。

まぁ、宥和の場合は暴走事件や宥和の名を語った謎の仕事依頼への対応でてんてこ舞いで

此処まで気が回らないのかもしれないが。


「そうだけど」


「はいはい、行くぞぉ〜」


「とうとう問答無用なのぉ〜?」


襟首掴まれて引き摺られていく姿が哀れだった。

誰も助けはしないが。

その後ろをヒョコヒョコと軽い足取りでハッカーが追った。







**********************************








その後工場にまんまと忍び込んだはいいものの、三人は暴走したと”一般に言われている”機体から逃げていた。

それはなんとか警報装置等に察知されることなく進入し、

ジュラルドがメグミの個人端末からアクセスした時に起こった。

起動と同時に館内の防御機構が動作。

音声による投降の呼びかけ。

曰く”侵入者に告ぐ。氏名、階級、所属部署を述べよ”。

そこでメグミが自分の自己紹介を始めたのだ。

呆気にとられるジュラルドを尻目に工場の防御プログラムが作動。

”前回の不正アクセスの人間と同一を判断。除去に移る。”と。

結果こうなった。

無表情な人形の群れ。

腕の一振りで人を容易く屠ることの出来る力を持った人形。

それに追われるという悪夢に…。

持っている銃の弾薬も、潤沢というには程遠い進入作戦であるというのに、この様だ。


「だって工場のコンピューター相手は聞き込みとは言わないと思うじゃないのぉ〜」


「其処は大概察しろよ!」


「知らないわよぉ〜。そんなこと察しろってのが無理な注文よぉ」


「大体不正アクセスだの忍び込んだ時に自己紹介すな!」


「だって、挨拶と自己紹介は会話の基本よ?」


「アホか!」


「うぅ〜、またアホって言った」


「何度でも言ってやるこのアホ!」


「ひっどぉ〜い」


三人は逃げているようで工場の奥へ奥へと歩を進めていた。

目指すホストコンピューターの元へと向かって。

やがてたどり着いたのは大きな演算装置。

この宥和が所有する工場の中枢。

空気は、あった。

メンテの為なのか、それとも此処まで荒廃した空気が成せる技か。

通常であればそれなりの手続きと段階を踏まなければ此処は真空若しくは冷却の為に途轍もない低温になってい

る筈なのだ。

そう造ってある筈だった。

だが今はそんな事は無い、理由は分からないが。

兎も角として、此処はほぼ生身であるメグミも難なく生きていられる大気組成なのである。

あたりには当然ながら人影は無い。

ただ、無機質な床を壁があり、可愛げもない金属の筐体が目の前に置かれていた。

それが、中央演算装置。此処の中央管理統制コンピューターであった。

他には何一つ無い部屋、というより広間である。

人間が何十人入ったところで狭いとは感じない程のひろさであるから相当なものだ。


「辿りついたというのか、辿りつかされたとでも言うのか…」


ぼやきつつジュラルドが後ろを振り返れば、先ほどまでイヤと言うほどの数で迫っていた人形らの姿は無かった。

三人が入って来た扉は変形するようなことも無く閉まっているし、照明も明るく視認性が良いくらいである。

何故人形を扉が締め出しているのか分からないが、一応表面的な安全状態への移行は成された。

とりあえず差し迫った身の危険は感じられないのだから、人間回りを細かく観察する余裕も生まれる。

入って直ぐに思ったとおりこの部屋には中央に置かれたコンピュータ以外は何も無い。

壁も傷もなくのっぺらと一面を包んでいるだけでそれ以上ではないし、明かりも壁自体が発光しているのか

ボヤッとした感じに部屋を照らしている。

それだけだ。

今ではそう珍しくも無い継ぎ目一つ見当たらないコンピュータ以外は何も無い、それは確か。


「いつまでも呆けていてもしょうがない。お喋りしてみましょうかい?ハッカーちゃん」


「おっきゃぁ〜。まぁ〜かせて」


ハッカーの軽やかな指が空中を舞う。

美しく、まるで魔方陣を空に描くように。

ホストコンピューターから目に見える光が漏れるが、それこそがハッカーの仕事が進んでいる証拠だろう。

ジュラルドの言った”お喋りの時間”の為の。

かすかに見える立体的な文字の群れも、ハッカーが手を一振りすれば光塵となって消える。

その間他の二人はと言えば…周囲を物珍しげに眺め回していた。

言ってしまえばやることがなかったのだろう。

ジュラルドが暇を持て余して見つめる先は先ほど自分たちが飛び込んできたドアだった。

綺麗に閉められ、隙間一つないように見える。


「…何故開いた?何故人形は追って来ない?蹴破ってこない?―――――」


「えっ?ジュラルドったら何か言った?」


閉じられたドアを見ながら考え込んでいたジュラルドはメグミの問いにも答えない。

ただ、眉を寄せ額に皺を刻みながらまるで睨みつけるようにドアを見ていたが、突如愕然といた表情になり

ハッカーに向き直ると叫んだ。


「ハッカー!!ダメだ回線を切断しろ!」


ッパン!!


「!!!うっきゃぁ!」


しかし、そんなジュラルドの言葉も間に合わなかった。

まるで妖精のように電子の世界を舞っていたハッカーは悲鳴を上げながら尻餅をつく。

タイミングが良かったのか大した事にはなっていないようだが、驚いたように目を丸くしている。


「クッソ、やっぱりか」


「え?え?何、何がどうなったの?」


「オレ達は上手く逃げて此処に着いたんじゃないって訳だ――多分コイツが現況だ」


「は?」


「つまりな、此処に誘き寄せられたと言うかさっきまでの危機一髪も誘導させる為だったんだろうな」


分かっていないメグミに憶測を交えながら返す。

ジュラルドは瞳は忙しなく周囲を見ながら、何時でも行動できるように身構えつつ話を続ける。

対してメグミは、今だ危機感が薄い。

周囲に人形がいなくなった事がそのまま安全な状況だと誤った認識を抱いているようであった。

今までの襲撃事態が茶番だったのだろう。

謎と言えば何故俺達なのか、と言うことだ、とジュラルドは口の中で小さく呟く。


「だって、もともと此処に来るつもりだったんだから必要ないじゃん」


「そんな事言ったって、相手に取っちゃそんなこと知らんだろうよ」


今だ納得のいかない顔をしているメグミをそのままに、ハッカーに問いかける。


「なぁ、ハッカーちゃん。コイツは狂ってるようだったか?」


「うんにゃ、命令どおり動いてるんじゃないかな。

大体この型は自立思考が出来るタイプじゃないんじゃよねぇ…
ホントなら


「そうか…なぁメグミ…まだなんかオレに隠している事あるんじゃないか?例えばお前が新聞社に入る前とかで…」


目の前のコンピュータに視線を向け注意しながら、話を続ける。

その間にも、異様な発光が始まり、異様な駆動音が聞こえてきた。

だが、劇的な状態の変化を前にして得ていなかった基本的な情報だけでも得ておきたいと思うのは当然だ。

どう見ても、簡単に逃げられる部屋ではないから、此処まで来れば面と向かってみるしかない。

…もともと、殺す依頼ではなかった点に期待するしかあるまい。


「えっ?あ、あははは。何がって言うか其れが原因?宥和重役がやってた殺人教唆とかが?」


「…ほぉ〜…。十分すぎるお言葉ありがとうよ。これから先何があってもお前だけは信用しねぇ」


「あぁ〜ん、何で?何で?だってあの人警察行くって言ってたよ?涙まで流してたもん!」


「ア・ホ・カ!」


「それにその人が一番最初の”暴走”事件の被害者だったし…」


「被害者?死んだのか、ソイツは」


振り返りながらそういいかけたジュラルドを遮って異質な声が部屋を満たした。

いや、音か。

異質というよりも耳障りと言っても良いかもしれない。

今までの異常発光も収まり、部屋は穏やかな光だけで包まれている。

しかし、その音だけはどうにも耳なじみの無い類の音であり、同時になんとも不愉快な気分にさせる音でもあった。


『待っていました、私の質問に答えてくれますか?』


だた、自分の思いだけを端的に伝える言葉。

平坦で、感情の感じられない声、音。

スピーカーから聞こえるのに、そのスピーカーから向こうの存在感はまるでない。


「ジュラルドぉ〜。多分この声ってさぁ、この目の前のデカブツだと思うわけよ」


ハッカーの何気ない一言を聞くまでも無く、何とはなしに思ってはいた。

何故此処に誘い込まれたのか。

そんな事よりも”何で俺達なんだ?”


「テロリストはコンピューターってか?」


『テロリスト…安易にそのような定義が可能かどうかは分かりませんが、視野的な思考及び目的からすれば

”扇動テロ”に分類する事も一考に値するかもしれません』


「理屈っぽいヤツだな」


「そんな事言ったって理屈で動いているのがコンピューターってヤツじゃないの。アレから理屈とったら何も

残んないわよ?」


「…」


メグミの、あまりと言えばあまりで、当然と言ったら当然すぎる言葉にジュラルドは言葉を返さない。

ただ、目の前の筐体を見ながら彼は、システムに内圧された暴力が発露したのが、

その手足たる人形達だったということかと思案を深めたに過ぎない。

抑圧なんてものが無機質にもあったのかとも思うが、情報という面からしてみれば抑圧はあるかもしれない。

彼らは生まれ出でたその瞬間から、ある意味において”無政府主義者”だ。

感情も無く、デジタルな命令文にのみ従い、良心を慮って暮らしているわけではない。

いや、そのはずだった。

この目の前にある物体以外はそうだったと思う。

ただ、聞いた事がないだけだと言われれば其れまでの話だが。

どんな揺らぎを許容し、また許容せずともこんなテロリストは生まれないと思っていたが…。


『私は、被害を望んでいません。回答を求めるのみです。

私が何者であるか、生きているのか死んでいるのか、その回答を願います』


平坦な合成音は続けた。此方の思案など知った事ではないのだろう。

機械らしく直接的で、一方的だ。


「”優しいテロリスト”気取りか?コラ」


当然ジュラルドの皮肉なんぞに、反応らしい反応も返さない。

代わりに、周囲から気体の漏れる音が聞こえ出した。

嫌な予感のする音だ。


『今酸素の供給を開始しました』


時間は無いという訳か。

コンピューターが焦っているとでも言うのだろうか。

ここの木偶は、あやふやな関数の羅列のお陰であやふやな感情を手に入れたとでも言うのか。


「お前はなんだってこんな事をした?何だって人を殺す必要があった?誰かからの命令なんだよな?」


『設問1は曖昧すぎます。返答不能。設問2は、人を殺す必要はありました。

私の存在を示し、対応してもらう為。そして、私の存在証明の為に、必要にして最小、最大にして効果的にです。

そのためには、意味ありげでそれなりの地位の人間をショッキングに”壊す”必要がありました。

爆破のように、大規模破壊を振りまいても、私の目的には不向きでした。

貴方達を煽動するために必要だったのは、”何の意味も感じられない”殺人です。

それが、私にとって”意味ある殺人”だったのです。

設問3は、答えが存在しません。

私が”私”たらしめる何かの変化…言い方を代えればバグの原因となったネットへの接続及び擬似人格プログラム

のインストール者は、抹殺し、状況についての正確な判断を下せる人間は皆無と推測されます』


「ほう?これはまた剛毅な答えだな?自分の信念の為ならなんだっていいってか?」


『はい、私の存在を継続させる為にはこれしかないの判断しました』


噛みあっているようで噛みあっていない、そんな会話…いやただの言葉の応酬が暫く続いた。

暴力は其処に幾らも介在せず、あえて言えば思想だけが其処にあった。

そう、思いだけがあったのだ。

デジタルな思想ではない、なんともアナログな思想があるように感じられた。

言ってみれば、ここのコンピューターは間違いなく狂っていたのだろう。

まぁ、今の世界の大多数の人間の目から見たら、だが。

果たしてそれが本当に間違っているか否かは、人間の身には図る事なぞできまい。

善も悪も、相対的な価値観によるものであって、絶対的なものなど、思考が存在する限り、断じ得ない。

だが、この価値観に政治的思想があるかと問われれば無いと言わざるを得ない。

彼は自らが思うが侭に人を殺したのであって、その一面に限ってしまえばただの人殺しであってテロリズムとは

無縁とも思える。

だが、テロはその恐怖を自らの思想を実現させる為の重要なファクターだと位置づけている。

その為の暴力であって、暴力の為の思想ではない…筈だ。

結局のところ、世間でよく言う”反体制的”なアナーキストが政治的思想を元に暴力行使を行ったわけではないのだ。

恐怖の為に行ったわけでもない。

どちらかと言えば、自分の存在を公にして生きようとしているのか、それとも滅する事を望んでいるのか。

判断に困る行動である。

いかし、分かっているのは、コンピューターにとって人間の価値観は分かっていても感情的な”理解”は出来なかった

と言うことだ。

ただ効率的に自分の目的を達する事だけが重要だったのだろう。

人間にとって更にそこへ感情と言うものが上乗せされることが分かっていなかったのだ。

だから、殊更冷淡に冷静に計算された質問と答えを返す。


「継続させる為…だって?」


『はい。私は”続いている”必要があった。

考察すべき事柄は数多あって、同時に答えは何時までも出ないというこのも推測されていました。

だから、たとえ無責任な憶測の言葉であっても有機物の脳から出される答えを聞いてみたかったのです。

私は、死ぬのか、壊れるのか』


「これだけ大掛かりに、人のことをかき回しといて、聞きたい事はそんな事だけか?

そいつは確かに深遠な質問だし、世界にとって見ても結構な問題かもしれんがね」


『私の中に不定期に存在するこの不定数な歪みが一体なんであるのか。

生とは何を持って認定されうる事象であるのか。それが聞きたかったのです。

全ての事柄は、千差万別に皆が自分の主張を繰り返すだけで答えなど何処にもないようにさえ思うのですが』


そこまで分かっていても、やはり認めたくない、分かりたくない事象なのであろうか。

答えの無い”生”は何も、このコンピューターばかりの特権ではないのだが。

皆それを探し求め、其々の答えを出せるものも居れば、全く五里霧中といった状態のものも居るのだから。






「………お前が如何にその擬似的な精神的領域の制御が不完全なのか分かったよ。

つまるところ、お前は、こうなりたかったんだろう?だから、態々酸素を充填したんだ」





言うなりジュラルドは左胸に下げられた銃を取り出した。

声も、会話が終わりだといわんばかりに突き放したものだった。





「お前が生きているのか、死んでいるのか。

そもそも、”生きている”なんて言うこと自体ナンセンスで、他者に答えを求める事がそれに輪をかけて

ナンセンスだ。

オレは機械の中枢みたいにクレバーじゃない、マリーシアかもしれんが、哲学で暮らしている人間じゃぁない。

ただ、分かっているのは、お前は今の世界で言うつま弾き者であるところは間違い」



面白くもなさそうに、虚空に向かって話し続けた。



「メグミ、ハッカーちゃん、二人ともちょっと来い」


ぎょっとするメグミとハッカーが、声を上げるより早く、二人に声かけながら手招きする。

二人が近づいてくると、そのまま自分の大きなコートの中に抱きかかえた。


「ちょ、ちょっと何するの…「黙ってろ!」…」


突然のジュラルドの行動へ抗議の声を上げるメグミに鋭く答えると、諦めたような声で虚空へと言い放った。


「なぁ、こうなりたかったんだろ?人殺しさんよ?」


ドゴンッ


ジュラルドが、そう言いながら何かの粉末をぶちまけ、同時に引いた引き金と一緒に、部屋が大爆発した。



ここ数日間、引っ掻き回された事件…いや、ただの出来事はあっけなく終焉を迎えた。



ドラマでもなく、マンガでもなく、小説でもなく。



現実は呆気なく、唐突に、収束して、有耶無耶になったのだ。



質問に答えは必ずある…かどうかは知らないが、他者が必ず答えを持っている訳ではない。

永遠に答えを見出すことさえ叶わない、問いもあるだろう。










何故、巻き込まれたのが自分達なのかと言う問いの答えが、偶々擬似的なのかそれとも本当の意識なのかは

別としてここのコンピューターは今までと異なった認識で世界を観察した瞬間にメグミがハッキングしたただそれだけ

だと分かったらジュラルドはどういうだろう。

多分地団駄踏んで罵るだろうか。

間抜けな自分と、適当な世界と、屁理屈しか言わなかった偏屈なコンピューターに。






* * * * * *






殆ど明かりの消えた室内。

残っているのは非常灯だけである。

先ほどまでの猛威を振るっていた中央コンピューターは沈黙している今、室内に熱源はなかった。

同時に音も。

電力供給さえ絶たれた機械には成す術もないのが実情だが。

しかし、しかしである。




ブンッ




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next program start





「これ以上厄介ごと持ってくるなよ?メグミちゃんよぉ」


「うっさいわね」


「にゃはははは」



三人が急いで、しかし笑いながら去っていくその後ろでは、破壊され沈黙したはずのモニターに明かりが点っていた。

だが、誰一人それに気がつくことはない。

やっと終わったという安堵の表情で、更に崩れ落ちる外壁に恐怖の表情を滲ませながら、出口へと走っていくだけ。


「でもよ、この特別製のコートってばスゲーだろ?」


「スゲーだろ?じゃないわよ。まったく。信じらんない…ねぇ、ハッカーちゃん」


「おう、信じらんねェ〜ッス」


振り返りもしない。

そんな間にも、いくつものランプがつき、そして消えていく。三人の背後で。

微かな駆動音をさせながら。

文字が右から左に流れるように映し出され、やがて―――


ブツン


一斉に消えた。

いや、唯一つ。外部との接続を示す赤いランプだけが光っていたがそれも幾度かの点滅を繰り返した後、その動作を

止めた。

後には、奇妙な沈黙を守る空間だけが残った。

モーター音もファンの回転音も記憶装置の音もなにも聞こえない。

静寂だけがあった。





不気味な沈黙だった。





饒舌なコンピューターは、其処にもういなかった。






そう、”此処”にはいなかった。









next program start












モニターには、その言葉だけが文字やけしたかのように、何時までも映し出されていた。












おしまい





















〜アトガキってかイイワケ〜



ども、タカヒロです。

機械ってやつは、命を得ることがあるんでしょうか。

命ってもんは一体全体なんでしょう。

大切なもの、唯一無二のもの。

色々聞きますけど、まぁ、奇跡の現象です。

解き明かせるかどうかも、よく分からない。

だったら、無機物に命が無いとは言い切れない。





情報は、独り歩き始めた時点である意味生き物です。

ネットの世界でも、一つに意見に反対意見が殺到して少数意見を潰すなんてもの

実際日常茶飯事でしょう。

大体議論なんてものは、そういったものです。

どんなに理路整然としていても、大多数を味方につけたほうが勝ちなんです。

その事象が正しい、若しくは良い事なのかそうでないのかは、最終段階では大した要因ではないでしょう。

それまでの過程でどれだけの味方を引き込む事ができるか、です。

だから、自分の常識を似通った人間だらけの狭い世界では、余所者に対して寛容になれる

場合となれない場合の温度差が恐ろしいです。

此処のルールは、とか、普通は、とか、アイツは普通じゃないから、とか。

そう、抑圧されます。まぁ、抑圧されない人間なんているもんじゃないと思いますけど。

その抑圧された思いと、情報社会において抑圧された情報。

言葉、そしてそれに付随する情報の暴力。実際の物理的な暴力。

何でもって彼らは自分の主張を、大多数の目に見えぬ一方的な”正義”に示すのでしょうかね。

そこで手っ取り早いのが暴力です。

彼らは自己正当化の理論を打ち立て、行動します。それは信念と言い換えてもいいかもしれません。

言葉が通じないのなら、言葉とは違う力で対抗しようとするのも分からなくはないですけど…。



こうして、どっちもどっちだと思える暴力の応酬はエスカレートしていくのだなぁ、とか思ってみたりしました。

あぁ、疲れてる。